迷ったらここから:法人成りのメリット・デメリットをやさしく整理

こんにちは。東京都千代田区で開業しています税理士の竹岡悟郎です。

はじめての「法人成り」は、期待と不安が半分ずつ。税金が軽くなる? 社会保険や事務負担は増えない? 家族へのお給料はどう扱う?──。

前回は法人成りした際の事業用資産の取り扱いついてに絞った解説をさせていただきましたが、今回は、個人事業から法人へ切り替える際に押さえておきたい税務面のメリット・デメリットを中心に、実務で迷いやすいポイントを整理していきます。

目次

法人成りの全体像:「利点・不利点」

メリット/デメリット早見表(税務中心)

論点個人事業法人法人成りのメリット
事業主自身の給与経費×役員報酬=損金〇(定期同額等の要件あり)
事業主の退職金経費×役員退職金=損金〇(適正額要)
家族への給与原則×(生計同一は専従者要件下のみ)原則〇(損金、みなし役員は要注意)
生命保険料所得控除にとどまる(最大12万円枠の活用)契約内容次第で損金算入可(掛捨中心)
消費税要件により2期間免税になり得る
均等割(住民税最少額)5,000円70,000円(資本金等・従業員数で区分)×
欠損金繰越原則3年原則10年(中小は使い勝手〇)
交際費限度なしだが家事関連の線引厳格中小は年800万円まで損金 or 飲食50%損金
自宅家賃(社宅)×スキームにより損金化可(役員負担要)
減価償却強制償却任意償却(資金繰り調整の余地)
事業年度暦年固定自由に設定可(繁忙・資金繰りに合わせる)

体感としては「税務メリットが多いが、均等割の固定負担ガバナンス・手続の重みが増える」という構図で、規模・利益水準・将来計画でトータル最適を図るのがコツです。

均等割:固定費の増加と設立日でちょっとした調整が

  • 均等割の基準となる「資本金等の額」は、
    ① 法人税法上の資本金等の額+無償増資等-無償減資等
    ② 資本金+資本準備金いずれか大きい方
  • 1,000万円以下かつ従業者50人以下なら、都道府県+市町村の合計は多くの自治体で年70,000円
  • 設立初年度の按分:その自治体で事務所等を有していた月数で月割1か月未満は切捨て
    • 例:標準70,000円でも、設立日が1日でなければ多くの自治体で64,100円に(5,900円差)。

実務メモ:「1日設立」は気分は良いが税額は増えやすくなります。端数月の切捨て効果を説明し、開業実務と税務負担の両面から日付設計の選択肢を示しておくと、納得感が高まるかも。
また、資本金は1,000万円以下でスタートが無難(消費税の免税要件や均等割区分との整合も取りやすい)。

役員報酬と家族給与:所得分散の設計力が重要です

1) 事業主の給与は「経費」に変わる(ただし設計が肝)

  • 個人は「自分に給与」の概念がなく経費×。
  • 法人は役員報酬=損金定期同額給与等の要件)。
  • 役員側は給与所得扱いとなり給与所得控除が使えるため、法人・個人の両面で課税を薄める設計が可能。

実務メモ:創業初期から定期同額を崩さない運用ルール作りを行い、賞与・臨時増減の扱いは通達要件とセットでしっかりとした運用設計を心がけましょう。

2) 家族給与は“個人の壁”を越え、法人なら原則損金

  • 個人は生計同一の親族給与は原則×(青色事業専従者なら〇だが制約はそれなりに多いです)
  • 法人は生計同一の親族でも原則損金
  • ただし、経営意思決定に関与していればみなし役員となり、定期同額給与の縛りが及ぶ場合もあるので注意が必要です。。
  • 年103万円ライン(令和7年から123万円になりましたね!)等を踏まえ、所得分散×給与所得控除世帯の実効税率を最小化する設計が可能です。

実務メモ:家族に対する給与は、その行う職務内容が重要です。賃金体系も含め労務の独立性の説明可能性を確保しましょう。

王道の節税?:生命保険・社宅・出張手当・慶弔見舞金

1) 生命保険(法人契約)の活用

  • 個人は生命保険料控除(最大12万円)が限度です。
  • 法人は福利厚生の一環としての契約になり、契約の性質に応じて全額損金算入も可能です(掛捨て中心)。
  • 養老保険や貯蓄型保険資産計上が原則で契約の性質や種類により一部損金算入も可能です。
  • 特定役員のみ加入などは役員賞与認定リスク(損金×・源泉課税)に注意が必要です。
  • 退職金の原資設計:死亡保険金=益金、退職金=損金で相殺ができますが、生存退職の場合は満期・解約時期の同期化が重要になるため、慎重に設計する必要があります。

実務メモ:保険は「税効果 × リスク移転 × 退職金原資」三位一体の設計になります。保険会社任せにせず、目標退職時期・返戻推移・資金繰りを1枚図に。

2) 役員社宅スキーム(家賃の一部を損金化)

  • 法人名義で賃貸借契約→会社が借主・役員へ社宅貸与することができます。
  • 会社は家賃を全額損金役員から一定額の社宅料を徴収する必要があります。
  • 賃貸料相当額(税通36-40)と比較し、徴収が不足する場合は、賃料相当額との差額が給与課税されます。
  • 上記の賃料相当額が計算できない場合、家賃の50%を徴収する必要があるため、それを目安に運用されることが多い(実際は20%から30%徴収すれば問題ないことも多い)です。

実務メモ:必ず法人契約に切替社宅規程の整備をしましょう。賃料計算根拠の保存(間取り、床面積、周辺相場)もセットで行いましょう。

3) 出張手当・慶弔見舞金(規程で“仕組み化”)

  • 個人は自分に日当の概念がなく×、法人は規程に基づき日当支給が損金
  • 日当は実費弁償性・社会通念上相当額が非課税(過大は給与課税)。
  • 旅費規程・出張規程・福利厚生規程・慶弔規程を整え、役職×距離×宿泊有無基準額を明文化
  • 慶弔金も社会通念上の相当額かつ規程整備福利厚生費として損金、受給者側は原則非課税。

実務メモ:規程は最初に作る/運用で守る/年1回見直すが鉄則。領収・報告・稟議の証跡設計が税務調査の肝(下記の記事もご参考ください)

交際費の考え方:個人の線引きvs 法人の枠

  • 個人:金額の上限はありませんが、家事関連費の排除が厳格になり、業務関連への合理的区分が不可欠です。
  • 法人中小(資本金1億円以下)は年800万円まで損金または飲食50%損金有利選択
  • 混同しやすい私的支出(家族同伴旅費、私的ゴルフ、私用イベント費等)は役員賞与認定リスク(損金×・源泉税追徴)に要注意。

実務メモ:交際費の定義・社内基準を明文化私費立替→会社精算とならぬよう、申請フォームに“事業関連性”の記載欄を。


借入金の引継ぎと「営業権」:やっていい線・ダメな線

1) 個人の借入金を法人へ移す

  • まずは金融機関の同意が前提になります。
  • 引継いだ法人では、借入金(負債)計上の相手勘定が「代表者への貸付金」になりがち。
  • 決算書の見栄え・税務上の論点(役員貸付金)として早期解消策の設計が必須です
    • 借入金1,000万円引継例:
      (借方)貸付金1,000万/(貸方)借入金1,000万

実務メモ:事業用資産(売掛・器具備品等)を十分に移すことで相殺し、貸付金を出さない設計が王道。利息収受の忘れにも注意。

2) 「営業権」を法人へ売る

  • 営業権は超過収益力の裏付けが要(実例・通達法での評価)。
  • 実態なき“営業権”の金銭授受は、寄付金・給与・貸付金等の認定リスク。
  • 実態ある場合は、個人側で譲渡所得課税、法人側で無形資産計上の償却という本筋へ。

実務メモ:再現可能な算定プロセスが肝。将来収益・顧客安定性・同業比の3点セットで第三者説明を意識。


退職金の設計:法人だからできる“出口”の用意

  • 個人は事業主への退職金は経費×(=廃業時の支出は「収入獲得のための費用」に当たらない)。
  • 法人は役員退職金=損金〇(適正額・功績倍率等の枠組は重要です)。
  • 退職金は個人側で退職所得(原則2分の1課税)となり、法人・個人の双方で税金は抑えやすいです
  • 家族従業員も、法人なら給与・賞与・退職金の損金算入が原則可(役員該当性の判断は別途)。

実務メモ:在任期間・最終役位・報酬水準・会社規模から適正額レンジを事前設計。退職金規程+株主総会決議+議事録はセットで。


消費税・欠損金・減価償却・事業年度:地味だけど効くツボ

  • 消費税設立時期・資本金等で免税2期間の可能性。スタート年の資金繰りに効きます。
  • 欠損金繰越個人3年→法人10年(中小の実務では赤字の吸収余地が広く、投資回収の時間軸が設計可能)。
  • 減価償却:個人は強制償却、法人は任意償却資金繰り調整の余地。
  • 事業年度:繁忙期・決算業務・資金需要を踏まえ自由設定(決算月を“戦略資産”に)。

ここまでの要点整理(チェックリスト)

  • 利益水準:均等割(70,000円)を上回る法人化メリットが見込めるか
  • 資本金1,000万円以下でスタートするか(消費税・均等割の整合)
  • 役員報酬設計定期同額・水準・社会保険を含めた総合最適
  • 家族給与:職務内容・雇用区分・みなし役員該当性の確認
  • 規程整備:旅費・出張・福利厚生・慶弔・社宅・退職金の5本柱
  • 生命保険:掛捨中心/退職金原資設計/時期同期
  • 社宅法人契約への切替+賃料相当額の算定・徴収
  • 交際費:中小800万枠 or 飲食50%の有利選択運用
  • 借入金引継貸付金が出ない移転設計/利息収受
  • 営業権:実態・評価・文書化(なければ無理に計上しない)

まとめ:法人成りは“制度を味方にする”ための器づくり

法人成りは、「税務の自由度」を手に入れる代わりに、「ルール運用と証拠の積み上げ」が求められる選択です。
役員報酬・家族給与・社宅・生命保険・出張手当・慶弔・交際費・退職金──いずれも規程と証跡
を整えれば、合法でスマートな節税と資金繰りの平準化が可能になります。

一方で、均等割という固定費社会保険の負担感記帳・決算・申告の手間は確かに増えます。
だからこそ、利益水準・将来の投資計画・人員構成・資金繰りを一枚のシートに可視化し、「今、法人にする意味」を定量・定性の両面で確認することが大切です。

めい税理士事務所では一般社団法人やNPO法人など、非営利法人ならではの会計・税務の悩みに、専門的にお応えします。またマネーフォワードを中心に、クラウド会計の導入から日々の運用まで丁寧にサポートいたします。

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