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法人成りにともなう「事業用資産の引継ぎ」についての完全ガイド
こんにちは。東京都千代田区で開業しています税理士の竹岡悟郎です。
個人事業から法人へと、日々の仕事はそのままでも、「個人」と「法人」はまったくの別人格です。だからこそ、固定資産・棚卸資産・債権債務などの“事業用資産”をどう受け渡すかで、所得税・法人税・消費税の負担や対応が大きく変わってきます。
今回は、法人成りで迷いやすいポイントを整理しつつ、資産区分ごとの取扱い、時価や低額譲渡の考え方、現物出資/譲渡/賃貸の選び方、当局見解に基づく留意点までを丁寧にお伝えしたいと思います。
1. まずは全体像:なぜ「別人格」が大前提なのか
法人成りは、看板を掛け替えるだけではありません。
法律・税務上は「個人」と「法人」は別の人です。つまり、個人が持つ資産を法人が使い続けるには、対価(反対給付)を伴う引継ぎが基本になってきます。
- 棚卸資産は通常の販売と同じく「売上」計上の対象。
- 固定資産・減価償却資産は譲渡すれば「譲渡所得」(個人側)、受け入れれば「取得」(法人側)。
- 債権債務は現物出資・譲渡・個人で清算と複数ルートがあり、実質は「第三者間の取引」と同様に整理します。
この「第三者間の目線」が、時価・低額譲渡・受贈益といった論点へとつながります。
2. 資産区分ごとの基本処理
2-1. 債権債務の引継ぎ:3つの型と失敗回避
型① 個人で回収・支払を完了
個人側で計上済の売上・仕入に対応する債権債務を、廃業後にそのまま回収・支払する形。所得計算への影響は原則なしで、貸倒れが発生した場合は、個人側で必要経費算入することが出来ます(発生時期によっては必要経費に算入できず、更正の請求で調整する場合もあります)。
型② 現物出資で会社へ引継ぎ
型③ 会社設立後に譲渡(事後設立)
形式は違っても実質は「会社への譲渡」。多くは帳簿価額で引き継ぐため個人側に損益は生じません。
注意点は債権額と債務額の純額で対価を決めがちな点で、債務だけを会社が負担すると、個人側に受贈益が生じ得ます。契約書(金銭消費貸借契約、残高証明など)で実在性と条件を丁寧に裏づけましょう。
2-2. 棚卸資産:70%ルールと消費税
個人→法人へは販売価額での引継ぎが原則。通常販売価額の70%未満での譲渡は「低額譲渡」として時価相当で売上算入されます。
実務では個人の所得税と、法人の仕入原価だけでなく、消費税についてもしっかりと頭に入れておく必要があります。
- 個人が課税事業者・法人が免税or簡易課税なら、引継価額は低いほど個人の消費税負担を抑えられる。
- 個人が免税・法人が原則課税なら、引継価額が高いほど法人の仕入税額控除が効きやすい。
このバランス設計を怠ると、「方や重税、方や控除効かず」というミスマッチが起きがちです。
2-3. 固定資産(土地・建物):譲渡か賃貸か、そして1/2ルール
譲渡(現物出資・事後譲渡)は個人側で譲渡所得。賃貸なら個人側で不動産所得。
低額譲渡の基準は「時価の1/2未満」。そこを下回る対価だと時価譲渡みなしとなり、想定外の課税を招きます。
時価は実勢価格が基本となります。相続税評価額や固定資産税評価額を70〜80%で割戻すなど、合理的な根拠づけを残しましょう。
賃貸の場合は青色申告の継続や青色申告特別控除(10万/55万/65万)の取り扱い、事業的規模(5棟10室)の判定に注意。翌期以降は控除額が変わることもあります。
2-4. 減価償却資産:帳簿価額と実務的な時価
機械・車両・器具備品などは、市場価格の把握が難しい資産が多く、減価償却後の帳簿価額≒実務的時価として扱うのが一般的で、買取業者の見積額を得られればより堅実です。
譲渡なら個人側は譲渡所得、賃貸なら事業所得/雑所得。規模や反復継続性等で区分が変わり、損益通算や青色申告の可否にも影響します。
3. 個人側の最後の申告で外せない2点
3-1. 棚卸資産の売却計上漏れを出さない
法人への引継ぎ=個人側では売却。70%ルールにかかると時価で総収入に算入されます。在庫移動の仕訳・売上計上の失念は定番の指摘事項になりますので、在庫台帳・引継明細を日付・数量・単価まで整えておきましょう。
3-2. 固定資産の1/2ルールにブレーキを
固定資産を法人へ売る場合、対価が時価の1/2未満だとみなし譲渡で時価課税になってしまします。
「税負担を抑えたいから安く」は危険です。合理的な時価算定プロセス(査定書、近隣成約事例、評価額からの割戻し等)と議事録・契約書をセットで保存しましょう。
4. 法人側の受入実務:金銭債権・債務/棚卸・償却資産
4-1. 金銭債権:評価は原則額面
売掛金・貸付金等は帳簿価額=時価が原則なため、評価しやすい資産です。ただし、回収可能性や回収期間、相手先の信用状況を注記で示すなど、実在性と妥当性の裏づけは欠かせません。
事後譲渡での受入は、個人への借入金を同額で計上する両建処理も実務的です(金銭消費貸借契約を整備)。
4-2. 金銭債務:名義変更が進まないときの代替策
銀行借入金などは債権者の同意が要件です。応じない場合は、会社が個人へ資金を貸し付け、個人が従前の債務を返済していく内部金融のスキームも検討に値します(会社:貸付金/個人:借入金)。
4-3. 棚卸資産:受入価額は消費税設計のカギ
受入価額=仕入原価。個人側・法人側の課税区分(免税・簡易・原則)により、どれが最適かは変わってきます。「売上総利益」と「消費税負担」の二軸設計で意思決定し、棚卸移動リストは税区分付きで作成しておくと後工程がスムーズです。
4-4. 減価償却資産:中古資産の耐用年数を設計
法人が受け入れる資産は原則中古になってくるかと思います。自社での見積りが困難な場合は簡便法を用い、経過年数・法定耐用年数をもとに合理的な耐用年数を決めます。
低価買入となった場合は、受贈益相当を償却費で処理したものとみなす調整ことになります。
5. 不動産を賃貸で引き継ぐ選択肢
土地建物を個人所有のまま会社へ賃貸するケースは多く見られます。賃料は不動産所得になります。
ただし、権利金や地代の水準によっては、借地権の受贈益や譲渡・臨時所得の問題が出てきます。
相場から大きく外れた価額はリスクになります。「適正な時価」を意識し、契約条項(更新料・敷金・原状回復)も含め、法人税基本通達・相続税基本通達に照らしたバランス設計が不可欠です。
7. よくあるトラブルと予防策
7-1. 在庫の“無償移動”扱い
個人→法人の棚卸移動を売上計上せず、贈与認定+修正申告に至る例。
対策:在庫移動リスト・売上計上根拠を同時に作成。販売価額・70%ルール・消費税区分をセットで記録。
7-2. 不良債権の“法人持ち込み”
引継後に貸倒れても、法人側損金算入不可のリスク。役員給与・贈与認定へ波及することも。
対策:回収可能性を見極め、個人で清算か適切な評価・契約を前提に引継ぐ。
7-3. 不動産の低額譲渡
1/2ルールに抵触してみなし譲渡課税。
対策:実勢価格の根拠(査定・取引事例)を取得し、対価は時価の1/2以上を堅持。
7-4. 減価償却資産の耐用年数ミス
中古資産で償却過少/過大が長期化。
対策:取得時に耐用年数の決定メモを作り、見積根拠・簡便法の選択を残す。
8. 実務フローのおすすめ(チェックリスト付き)
Step1:資産・負債の棚卸し
- 棚卸資産:品目・数量・販売価額・税区分
- 固定資産:取得原価・未償却残高・時価根拠
- 減価償却資産:帳簿価額・買取見積・耐用年数方針
- 金銭債権債務:相手先・残高・契約・残高証明
Step2:引継形態の決定(現物出資/譲渡/賃貸/個人清算)
- 税(所・法・消)と資金繰りの二軸で比較
- 役員給与認定・受贈益・借地権認定の有無を想定
Step3:価額と根拠の固定
- 時価算定メモ(評価額の割戻し・査定・買取見積)
- 70%ルール/1/2ルールのチェック
Step4:契約・議事録・仕訳
- 売買契約、金銭消費貸借契約、賃貸借契約
- 取締役会・株主総会(該当時)の議事録
- 個人側の売上・譲渡所得、法人側の取得・受入仕訳
Step5:申告・保存
- 個人の最終申告(在庫売却・譲渡所得)
- 法人の決算・減価償却・消費税処理
- 根拠書類の長期保存(最低7年目安)
9. まとめ:設計の鍵は「時価」「消費税」「証拠性」
法人成りの資産引継ぎは、(1)時価と低額譲渡の境界、(2)消費税の課税区分と仕入控除の設計、(3)契約と根拠資料の証拠性——この三点で結果が決まってきます。
在庫の“移し忘れ”、不動産の“安すぎ対価”、不良債権の“法人持ち込み”は、いずれも事前設計で回避可能になりますので、個人と法人という“別人格”の対等取引として、筋の通った価額と書面を揃える——これが、きれいな法人成りの最短ルートです。
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